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地球が誕生してから46送んんも生き残ったウラン。
46億年前、地球が生まれた時には、放射性物質がたくさんあった。
短い寿命の放射性物質はすぐに亡くなって、寿命の長いものも時を経て、どんどん減っていった。
生き残った放射性物質の一つがウラン。
その代表格がウラン238で、半分に減るまで45億年もかかる。
このように、もともと地球には放射背物質があって、そういうものと付き合いながら、生命環境は作られてきた。
ウランは地底にある。その限りにおいて、ウランは鉱物の一つにすぎなかったが、人類はしれを地下から引きずり出してきて、人類を滅ぼしかねない「核」の材料にしてしまった。
※ 小出裕章『原発はいらない』(幻冬社ルネッサンス新書)p165より、本来の講演調の文体から、要約的な“言い切りスタイル”に変えて抜粋
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わたしはこれまで、原子力発電と、原水爆の核兵器と、おそるべき軍需産業について、またそれらを動かす国際的な金融支配者と軍事財閥について、責任ある〝個人〟の追跡調査をおこない、かなりの点数の書物を発行刊して、くわしい調査結果を社会に報告してきた。(中略)
現実には、われわれが生きている日本に、IAEAとICRP神話の危険性が、無神経な新聞とテレビを通じて、深く浸透してきている。(中略)私自身が忘れかけていた自分の著書をすべて読み直し、2015年現在の状況に合わせて、また現在の知識で正しく書き換えて、分かりやすく歴史の全体像をまとめたのが、本書である。(中略)
その古い歴史の流れから現代に続く歴史こそ、われわれが今日を生きる指針となるはずだ。
(広瀬隆『東京が壊滅する日』(ダイヤモンド社)の「あとがき」より抜粋)
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::::::::::::::::::: (2025/11/29 ~ 11/30) :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
::::::::::::::::::: (2025/11/28) ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
きょうは11月28日金曜日。日々是好日。おかげでシゴトに没頭できています〜^^b
Today is Friday, November 28. Every day is a good day. Thanks to that, I've been able to immerse myself in my work~ (^^b
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ところで、天存神社に奉納した作物を見ていたら、なんと、そのひとつに「え?!」っと驚くバグ(虫)が潜んでいました。14匹も! 正しいのはわずか4匹。
「これはいかん!」と、慌てて電本も紙本も駆除(修正し直)して、再アプロード。
出版後でも、電本は2〜3時間後には差し替えができました。でも紙本は時間がかかりますね。早くても半日はかかるって感じです。明日の朝はOKになってりかなと思います。そしたら、すぐに著者用コピーを発注して、国図神社への奉納スケジュールに間に合うようにしたいと思います。
それにしてもそれにしても、紙本のKDP出版はハードルが高い。
修正したPDFファイルをアップロードしたら、無慈悲にもエラー! ヘルプトピックには、ページ単位で10%以内なら修正(コンテンツ変更)可能と書いているので、156ページ分の7ページということで、これれはいけるなと思って、アップロードしたのですがアウトでした。
がっくり……これって心臓によくないですね。
で、どうしたかというと、14個のバグ(誤字)を1ページ単位で修正しながら、アップロードしてみました。すると、対象7ページ分のうち6ページまで変更に成功しました。そう、6回アップロードを繰り返したわけですが、最後の7回目で、これまた無慈悲にエラーが出てしまいました。このページには3個が誤字のままです。
そこで、こんどは、そのページ内の3個の文字を1個ずつ変更して、その都度アップロードを繰り返したら、結果的に、「正常」に変更できました。
「なんだかなあ……」と想いはしましたが、「そもそも字を間違えるなよ」というハナシではあるので、結果オーライで(再)出版に漕ぎつけました。
ただ、もうひとつ“難関”みたいなものがあって、出版に移る直前に、プレビューアーで表紙コンテンツの出来栄えを視覚的に確認する作業があるのですが、このときに、裏表紙にISBNのバーコードが表示されてなくてはならないのに、表示されません。
25日付けで出版したときも、この不具合にはまって、これ関連のトライだけでも、10回以上繰り返しました。でも、いくらやってもラチがあかないので、ページの最下段に小さい灰色の文字で書いてある「お問い合わせ」を押して、質問を投げかけました。
で、すぐには回答は来ないだろうからと、質問を送ったあと、さっきまで沼っていた操作がやっぱりダメなことの再確認のために、もう一度だけ繰り返してみたところ、なんとなんと、はいりたかった次のページ「価格の設定」に移ることができました。
「えー!? はいれたよ!」
これまでなにがダメで今回なにが良かったのか原因は不明なままですが、このまま先に進んで、待望の「出版する」をポチッと押すことができました。
電本の場合は、EPUBファイルを構成するファイル群の整合性が問題となるので、ほとんどの場合、アップロードする以前に発生する問題点になります。これについては、自分の場合はxhtmlやopf、ncxの手処理修正とEPUBCheckerで手直しCalibreで結果を視認しています。
そして、アップロードする前に、Kindle Previewerで最終チェックしているので、コンテンツに関して天存様からアウト!の御託宣をいただくことはない(といっていい情況です)。
でも、紙本の場合はちがいます。原稿をPDFファイルにしてアップロードしてからが、ほんとうの手直し作業が始まるのです。しかも、ISBNコードを取得しないと表紙の表示がされません。ですが、いったんISBNコードを取得すると、もう天存様の書棚から「消去」することはできなくなります。
最悪の場合は「アーカイブ」で永遠に(?)死蔵するハメになります。
それはいやだし、せっかく取得したISBNなので、次の作品で使うのも手ではあるけれど、なるべくこれを活かして、この作品のまま出版まで漕ぎつけたい。
自分の場合、紙本の出版は2度目の経験で通算5冊目になりますが、前回だけでなく今回もそんな思いで悪戦苦闘している始末です(苦笑)
このあとも、電本同様紙本の出版も続きますが、アップロード後に生じた数々のエラーをリストアップして対処法を解説したものを本にしたら、案外売れるかもですね(笑)
::::::::::::::::::: (2025/11/27) ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
きょうは11月27日木曜日。気がついたら1週間経っていました(笑) その間、電本4点と紙本3点を無事、天存(あまぞん)神社さんに“奉納”することができました。
Today is Thursday, November 27th. Before I knew it, a week had passed (lol). During that time, I was able to successfully "dedicate" four electronic books and three paper books to Amazon Shrine. (by google)
Today is Thursday, November 27th. Before I knew it, a week had passed (lol). During that time, I was able to safely 'dedicate' four digital books and three physical books to Amason Shrine. (by Bing)
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Today is Thursday, November 27th. Before I knew it, a week had passed (lol). During that time, I was able to safely 'dedicate' four digital books and three physical books to 天存神社[amazon-shrine^^].
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紙本(※)は当初2冊の予定でしたが、天存さんがどうしても1冊だけ受け付けてくれないので(=コンテンツ・チェック時のエラー頻出により、2分冊にしてみたらOKがでたので、紙本は3冊にしました。
で、いまは、この3冊の紙本の著者用コピーを各2部ずつ取り寄せ中です。そう、1部は国会図書館様に発行後30日以内に納本しないとならない掟(法の定め^^;)になっているので、それ用のものです。
その際、気がつけば、今年5月に出版した2冊の紙本もまだ納めていなかったので、遅ればせながら、これも合わせて送ることにしています。
法の定めによると、納本義務規定に違反したら販売価格の最大5倍の範囲内で罰金が発生するそうですが、いまのところ、そのような憂き目に遭ったケースはないらしい…とか?^^; 送料こちら持ちの寄贈(献本)なので、おそらく、おおめにみてくれるのではないかと思います^^
ということで、国会図書館も神社に見立てて、国図(こくと)神社と呼ばせてもらい、こちらへも納本ならぬ奉納をする気分で送付することにしました。
ちなみに、電本についても、「オンライン資料納入」が義務付けられているので、発送と同時期にこちらも手続きする予定です。
で、この作業をもって、第2期出版業務のうち第2陣が終了ということになります。来月の10日が第2陣の最終日になる予定です。
しかし、それにしても、今回の紙本制作では、最後のツメになるKDPサイトへのアップロード作業がかなり難航しました。コンテンツ(表紙以外の本文、PDFファイル)と表紙(表・背・裏をつなげた横長な状態、PDFファイル)それぞれにエラーが出て、数十回もアップロードを繰り返すことになりました。
電本に比べて、紙本のKDP登録と出版(刊行)はハードルが高いのを痛感しました。天存神社さんには、「こんどこそたのんます!」を何度手を合わせたことか(苦笑)
これからも、電本だけでなく紙本出版も続くので、来年2月完了予定の第3陣や第3期での取り組みをスムーズに運ぶために、今回のエラーの嵐はしっかり記録しておこうと思います。うまくまとまったら、ここでもアップしますね。
さて、それではきょうも、がんばるぞー!(^^/
(※) Amazon KDPによるペーパーバック・タイプの紙書籍をこのように呼ぶことにしています^^ ちなみに、電本(でんぽん)は電子書籍の略称で、これも自分の勝手な呼び名です^^
::::::::::::::::::: (2025/11/13 ~ 11/19) :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
::::::::::::::::::: (2025/11/20) ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
きょうは11月20日木曜日。1週間以上もブログの更新をサボっていましたが、追われていたシゴトの方がひと区切りついたので、早朝から更新してます^^
さ、きょうもガンバルゾ!(^^v
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お腹がすいていたことと閉店が近いこともあって、すぐに食べはじめたのですが、しばらくして、食べる前に写真を撮り忘れたことに気づきました。
〈4日目〉5月30日火曜日:
● きょうはまず、稚内市立図書館を訪れました。瀬戸常蔵氏の“人となり”のわかる資料があれば、閲覧後コピーを取らせてもらいたいと思っていたからです。そして、これも今回の旅の目的のひとつでした。
そこで、午前9時の会館を待って、受付カウンターの方に、瀬戸氏の人となりの伺える資料があれば閲覧したい旨伝えたところ、
「調べてみますのでちょっとお待ちください」と言い残して、席を立たれました。
そこで、フロアでしばらく待つことにして、展示物を見ながら応答を待ちました。この日、フロアの展示コーナーでは、とある写真コンクール受賞作品のフォトギャリーになっていました。
数々の、じつに素晴らしい写真が展示してあって、一つひとつじっくり鑑賞することができました。かなりレベルの高い写真展でした。
で、そうやって心楽しいひと時を過ごしていたら、担当の方がフロアまで出てこられて、「こちらへどうぞ」と、奥のカウンターへと案内してくれました。
そこで、あらためて「旧瀬戸邸の主(あるじ)、瀬戸常蔵氏の“人となり”に関心があるので、それがわかる資料があれば閲覧したいことを申し上げると、やはり図書館でも「そのようなものはないと思います」とのことでした。
ただ、その代わりに、旧瀬戸邸にはない関係資料をいくつか見せていただき、必要ならコピーをとってもいいとのこと。
そこで、後方の資料室から持ち出して頂いたいくつかの資料を、その場で素早く閲覧したあと、5枚のコピーをお願いしました。ちなみに、ちなみに、モノクロなので1枚10円でした。
(丁寧にご対応していただき、ありがとうございました。今度は郷土史関連図書を閲覧したいな…と思っています^^)
さて、そういうことで、氏の“人となり”のわかるエピソードについて、いまのところ把握できているものとしてのは、氏のお孫さんに当たる方が、「FMわっぴ〜」の音声ライブラリで、祖父の生前のかすかな思い出を語っている音声データがあります。
あとは、「旧瀬戸邸」の学芸員さんがチラッと語ってくれた、市会議員をあえて1期のみで終わりにした“裏話”になります。
なので、氏の“人となり”のうかがい知るとしても、断片的なエピソードが“伝え聞き”レベルでわずかに残っているていどのようです。
北洋漁業をベースに国政中枢とも太いパイプをつないで大活躍された方なので、プライベートなことは本人の意志で封印されたのかもしれないですね…。
● 旧瀬戸邸を出たあとは、声問岬(こえといみさき)が気になっていたので、行ってみました。この岬は、日本最北の岬「宗谷岬」と稚内市北西端にノシャップ岬の中間にある小振りな岬で、左右の岬のように観光地化されてはいなくて、ふつうの住宅地のようですね。
岬の先端まで行くと車が1台停まっていて、左手(稚内港寄り)のちょっと離れた所で、盛んに写真を撮っている一人の男性がいました。
距離があるので細かい風貌まではわかりませんが、なんとなく欧米系の外国人のような雰囲気があります。もっているのは上等な望遠付きの1眼レフカメラです。男性は、なにかを探すかのように徘徊しながら、写真を撮っていました。
この岬からは、東は宗谷岬の先端近く、西はノシャップ岬の灯台まで一望できます。もちろん、眼前にはオホーツク海が広がっています。
この日は曇天でしたが、快晴なら、少々風が強くても、大海原(おおうなばら)とこれを挟むように延びてい左右の岬の景観を楽しむことができるでしょうね。
雄大な景色をしばらく観ていたら、件(くだん)の男性が、ときどき写真撮影で立ち止まりながらも、しだいにこちらに近づいてきます。もっと近まったら挨拶しようかな…とも思ったのですが、他に人気のない所で異国人風のカメラマンに気さくに話しかけるなんて自分にはムリだなと思い、その場から静かに去ることにしました。
声問岬から画面中央に百年記念塔、右手にノシャップ岬を望む(左の人影が件の男性)
● 声問岬から見た景色を目と写真に収めると、ちょうど真南にある「大沼」に行ってみることにしました。ちなみに、「声問岬」も「大沼」も予定どおりの訪問コースなので、きょうも順調に移動できています。
「大沼」へは、岸辺に建っている「バードハウス」の開館時間の9時をすぎたタイミングで訪れたけのですが、残念ながら閉館したままでした。ちょっと残念。
それにしても、湖のように広い沼です。穏やかな水面(みなも)を見ていると、なんとなく気持ちが癒されます。ここに着いたときは陽射しがもれていて、あちこちに咲いてるタンポポたちが、やわらかい陽の光を浴びて、黄色い花びらを輝やかせていました。
5月の終わりのこの日、鳥の姿は見えませんでしたが、ひとしきり写真を撮ったあと、車に乗って出発準備を始めました。
すると、1台のRV車が、ここに続く一本道をけっこうなスピードで走ってきて、「バードハウス」のすぐ横に乗り付けました。どうやら、自分みたいな観光客ではなく“関係者”の方のようです。でも、ハウスがすぐに開くのかどうかわからなかったので、またの機会に訪れることにして、先を急ぐことにしました。
上のパノラマ画像は、すぐ上の地図で示した位置から「大沼」をグルッと180度写したものをムリクリつなぎ合わせてみました。なので画面左右の道は直線状の一本の道路です。それにしても、湖のように広い沼です(^^)
【参考サイト】
◎ 定義が難しい「湖」「沼」「池」の違い – ニッポン放送 NEWS ONLINE
●「大沼」をあとにして、つぎの訪問先の「フナヤマ大黒店」に向かいました。稚内市の中心街のうち、JR南稚内駅のエリアにある時計宝飾店で、CD販売も取り扱っているようです。
お店のなかにはいると、時計宝飾店らしい煌(きらび)やかな雰囲気のなかに、CDコーナーが見えます。さっそくそこに行って、お目当てのCDを探していたら、ありましたありました。
このコーナーのちょっと奥まったところに、探していたアーティストの特設コーナーが設けてあります。
そのアーティストとは、稚内出身の兄弟デュオ「SE-NO」(セーノ)。そして、兄の「エビナマスジ」さんと弟の「蝦名摩守俊」(えびなますとし)さんですが、「SE-NO」のアルバムはひとつ持っているので、今回は、「エビナマスジ」さんのファーストアルバム「UPSTAIRS」と蝦名摩守俊さんのファーストアルバム「カルマ」を購入しました(価格はどちらも税込2,547円)。
お二人それぞれのCDアルバムを買うことも、楽しみにしていたことだったので、またひとつ願いが達成できて、とても満足です。帰ったらじっくり聴くぞー^^♪
【参考サイト】
◎ EBINA MASUJI OFFICIAL WEBSITE
◎ ebinamasutoshi official website
◎ SE-NO OFFICIAL WEBSITE
● さて、このあとは車で遠乗りです。西側の岬「ノシャップ岬」まで行き、そこから「オロロンライン」(のうち「宗谷サンセットロード」)を南へと走ります。ドライブにはもってこいの道です(^^)
去年秋のドライブでは、ルート40を下って、ちょっと豊富温泉まで足を延ばしたあと、西進してサロベツ原野にはいり、日本海側に出たあとは「宗谷サンセットロード」を北上して、稚内の市街地へと帰還したのですが、今回はその逆で、まずはノシャップ岬まで回ってそこからこの道路を南進したあと、途中から左折して「サロベツ原野」へと向かい、その中にある「サロベツ湿原センター」を目指すドライブにしました。
ちなみに、この道路の愛称「オロロンライン」は、なんと、北は稚内から南は約380kmも先の小樽までを結んだ海岸道路をさしているようで、自分が走る区間はその一部の最北の区間になります。
また、この区間は、お国(国交省)が正式に命名した「宗谷サンセットロード」のほぼ全区間になるようです。ただ、地元ではこの呼び名はあまり定着していないようです。「オロロンライン」が呼びやすいからかな^^?
(なお、「オロロンライン」と「宗谷シーニックバイウェイ」の一つである「宗谷サンセットロード」の関係性については、【番外編1】でさらに詳しくふれています。)
● 目的地の「サロベツ湿原センター」に着くまでは、抜海方面の西海岸を往復する予定なので、行きはゆっくり景色を楽しむことはしないで、なるべく早く到着することを心がけながら進むことしました。(ですが、もちろん速度遵守(じゅんしゅ)の安全運転です^^b)
そんななか、走りながら気づいたのは、まっすぐな道路の先端が水を打ったように“光って”いることでした。
もちろん路面は乾いていますが、舗装道路の視界の先端は平面に近い状態に見えていて、そこに陽の光が当たっていると、その照り返しがまるで、鏡の表面みたいに輝いて見えます。
そして、車やバイクがそこを走ると上下二つに見える…という、けっこう幻想的な光景をなんども見ることができました。こんな光景はいままで観たことがないので、かなり新鮮な体験になりました。
● さて、稚咲内漁港まで南進すると、思ったよりも時間が経っていて、すでに午後2時を過ぎています。はやり、最北端といっても北海道はなので広いです。全然道路がこんでいなくても、けっこう時間がかかります。
漁港の付近から左折して、いよいよ目的地の「サロベツ湿原センター」へと近づいてきました。この道も昨年走ったので、入り口の案内板まであと少しと思いながら進んでゆくと、途中で道路工事をしていました。
道路だった箇所がけっこう掘り下げてあって、片側通行の迂回路になっていたので、誘導に従って慎重にわたりました。なにかの配管工事なのかもしれません。
● そこを過ぎてあと数分走ったら、たしか「サロベツ湿原センター」の道標があるはずですが、なかなか見つかりません。「おかしいなあ…」と思いながら、さらに東に向かって走ると、小さな川にかかった橋のところまでやってきました。
ここまでくると、明らかに通り過ぎています。そこで、方向転換するために、橋の手前でいったん左折して、転回できる場所を探しながら北進していると、「お!」っと目を引く建物に出会いました。
緑の屋根に赤い壁。どちらの色も原色に近いのでかなりインパクトがあります。この色を配した2棟の大きな建物が、道路脇に建っていて、その先には牧草地が広がっています。牛を放し飼いにしている牧場のようで、奥の方には白と黒の乳牛たちがいるのが見えます。
道路脇に建つこのふたつの建物は農業用倉庫のようで、どちらも牛舎ではないようです。それにしても、この建物が目にはいった瞬間、その鮮やかすぎる赤と緑の補色の配色に、一気に目を奪われてしまいました。
そこで、車をすこし広がった道路脇に停め、しばらくの間、この建物と当たりに広がる牧場の景観を楽しむことにしました。
● さて、休憩もかねて、しばらくこの牧場の眺めを鑑賞したあと、ふたたび、「サロベツ湿原センター」の入り口を探すため、車を反対方向に切り返したあと、もと来た道を戻りはじめました。
しかし、矢印付きの案内看板はなかなか姿を見せてくれません。いつの間にか、先ほどの工事現場まで戻ってきてしまいました。
やれやれと、その手前でむりやりUターンし、さらに、いま来た道を東の方向へと引き返しました。こんどこそ見つけないと、明るいうちに帰り着くまでに、時間がなくなってしまう…。
すこしスピードを落としながら、あらためて、道の両脇に視線を注ぎながら進行していると、ありました、ありました。思っていたよりも小さな看板です。これを見て、「周囲の景観に配慮して、このコンパクトな案内標識になっているんだな…」と思いました。
● 標識の所から右折して南下すると、左右に長い「サロベツ湿原センター」にやっと到着することができました。
自分は方向音痴なタイプではあるけれど、こんなに手間取るとは思っていなかったので、カーナビをうまく使いこなせない自分になかば呆れながら、まずは駐車場でちょっと休憩しました。
そして、「FMわっぴ〜」の午後4時からの生放送あてに、いまいる所の報告などを書いたメール(メッセージ・リクエスト)を書いて、いつものように事前の送信をしました。
その送信を終えると、建物の中にはいって、展示物を観覧することにしました。 展示コーナーにはいろんな展示物やパネルがあります。
そのなかでも、ヒグマの剥製には迫力を感じました。こんなのと遭遇したら、ひとたまりもないですね。でも、冬眠してないとき(3月から10月までかな?)は、ちょっと山間にはいると、どこにでもいるのが北海道という所でもありますね。
この動物とだけは無縁でいたいものだと、この剥製を見ながら思ったことでした^^;
● さて、陽も傾きはじめていたので、そそくさと外に出ると、南側に湿原に向けて、木道(木製の観覧用通路)が設置してあります。さっそく木道の一つを歩きながら、先端に向かってどんどん進みました。
すると、やや傾いた太陽の方向に、利尻山がたたずんでいるのが目にはいりました。距離的にはけっこう離れているようで、小さい遠景でしたが、三角形状の美しい山稜がくっきりと見て取れます。
その美しい姿に惹かれて、逆行ではあるけれど、夢中で写真を撮りました。
それにしても広大な湿原。でも、湿った感じはあまりなくて、どこまでも広がる草地(そうち)のような印象でした。
あと、ここには、泥炭採掘用の見慣れない機械の野外展示や展示場もあって、これも興味深いものでした。
センター南側の湿原(定点撮影の6枚の写真を無理に繋いだので、肉眼での眺望とはやや異なります^^;)
サロベツ湿原の解説ボード 泥炭採掘用の機械
● さて、太陽がかなり傾いてきました。帰り道では、抜海駅にも寄ってみたいので、そろそろ帰途につかないといけない頃合いです。
ということで、センターを後にすると、ふたたび「宗谷サンセットロード」に出て、北上を開始しました。
前回、昨年9月にこの道路を北上したときは、台風が去った直後の風がものすごくて、道路から見える日本海は荒々しく波立ち、利尻島の美しいシルエットをゆったりした気分で観ることはできませんでした。
でも今回は、数か所あるひろい路側帯(たしか、業界用語は「ポケットパーク」と言ったかと…^^?)で一時停車して、あの凛とした勇姿をたっぷり鑑賞することができました。
● そうやって、写真を撮るために所どころで停車しながら北上を続けると、抜海までやってきました。そう、あの「抜海駅」がある所です。
海岸沿いの「宗谷サンセットロード」を北上すると、まずは「抜海岩」という奇岩が迎えてくれました。なかなかユニークな形をしています。
【参考サイト】
◎ 日本の奇岩百景プラス 抜海岩(ばっかいいわ)
● ちなみに、目指す「抜海駅」は海の近くにはなくて、すこし陸側にはいった所にあります。案内標識を見逃さないように慎重に運転してゆくと、駅舎が建っているのが見えました。
近づいてゆくと、駅舎の横にモトクロスタイプのスリムなバイクが1台停めてあります。
正面入り口手前の駐車スペースに車を停め、バイクの持ち主は中にいるのかな…と思いながら、静かに駅舎正面のドアを開けました。
でも、だれもいません。バイクの持ち主はここまで来たあと、おそらくここから電車に乗って、札幌方面まで出かけている、ということかもしれません。
この人気のない、こぢんまりした最北の無人駅は、駅舎の中もプラットフォームも小綺麗に清掃されていて、自分はいま、そこにただ独り佇んでいます。そんななか、この静かなひと時を独り占めしていられることに、そこなかとない充足感を感じていました。
● さて、時計を見れば午後4時になろうとしています。ここで、ラジオのスイッチを入れました。ラジオといっても、持参したノートPCで聴ける「サイマルラジオ」での聴取です。これだと、録音もできるので重宝しています。
で、4時からは、「FMわっぴ〜」の夕方の生放送(Swing Beat Jam)が始まります。いつも聴いている大好きな番組です。きょうの担当は「パーソナリティ・池田くるみ」さん。
番組のオープニング・ミュージックとともに、いつものチャーミングな声が聞こえてきました。そして、「サロベツ湿原センター」の駐車場で送信したメッセージが読まれ、リクエストがかかったのは、それからしばらくたってからでした。
この旅でもっとも感激した瞬間が訪れました。
抜海駅でこの番組を聴きいているだけでなく、番組へ書き送った自分の言葉とリクエスト曲をここで聴けるなんて、なんと素晴らしく、しかも贅沢なことだろう!
すでにに陽は傾いているものの、斜めに射しこむ陽の光は眩しくて、柔らかい光と音に包まれながら、至福の時間に満たされました。
そう、ここでラジオを聴いたのは、この瞬間を待っていたからもであったのです。でも、ここで番組の最後まで聴いていたら、かなり暗くなってしまいます。
やはり、日没までには稚内市内に戻りたいので、PCでのラジオ聴取は車の中でもオンにしたまま、抜海駅から去ることにしました。
ここを去るまえに、駅舎内にある備え付けの訪問者ノートに、抜海駅まで来れてよかったことをちらっと認(したた)めたあと、別れを惜しみながら、静かにゆっくりと離れてゆきました。
それにしても、ほんとうに素晴らしいひと時でした☆
左上から順に:抜海駅から北方向(稚内方面)を望む/駅舎内から出入口方向の眺め/備え付けの訪問感想用ノートなど/駅舎外観(プラットホームから写す)
左横:駅舎入口の看板